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宮島観光情報

ここが見所!厳島神社観光の魅力をお届け!パート?

更新日 2014.03.03
目次

 

こんにちは!

宮島観光アドバイザーのともちんです。

 

もうあと約2週間で今年も終わりますね?

本当に1年の流れは早いです・・

 

今年1年自分が頑張ったことは何?と聞かれたら、

やはり宮島の観光について興味を持って、

島内の観光スポットやお店などを一から回ったことです。

 

宮島生まれ、宮島育ちの私ですが、近いから見えない宮島の魅力も

あるんだと再認識した年でした。

 

おかげで宮島の事も以前より知れたし、より宮島の魅力を配信したいと

思うようになりました。

 

また今年は色々な勉強(セミナー)で、”伝える”という大切さや、

楽しさを勉強することができました。

 

そういった点では、実りある年だったと感じています。

今年最後の宮島の伝統行事 大晦日の鎮火祭(ちんかさい)がございます。

錦水館のスタッフとして、今年も30人で大松明を担ぎます!

 

12月31日(17時?20時)の間で厳島神社に向かう石鳥居から御笠之浜までの

間を火のついた松明が行き交う火除けの伝統行事を体験くださいませ。

 

さてさて、今回のブログでは、前回に引き続き、厳島神社についてお伝え致します。

厳島神社の魅力といえば、海上に浮かぶ、勇壮で美しい社殿を思い浮かびます。

ここでは厳島神社内のスポットを詳しくご紹介致します。

 

厳島神社見取り図

厳島神社見取り図

 

◆廻廊(かいろう)<<国宝>>

厳島神社の廻廊(かいろう)は、東側廻廊は47間(約122m)、入口は、切妻造り、

屋根は、檜皮葺(ひわだぶぎ)で、棟には棟瓦が載せてあります。

西廻廊は、61間(約154m)あり、西の端(出口)は、唐破風造り(かわはふづくり)

になっています。昔は、西側が入口であったことがうかがえます。

床板は、1間に8枚敷いてあり、釘は使っていません。

 

床板との間に隙間があり、高潮の時に下から押しあがってくる海水の圧力を弱める

役割を果たしています。

 

また床は二枚重になっていて、本来の床板は下にあるほうで、上に敷いてあるのは

養生板(ようじょういた)といい、参拝者が土足で歩いても良いようになっています。

昔はクツの下にわらじを履いて昇殿していました。

 

廻廊の釘灯籠は、毛利氏が鋳鉄製(ちゅうてつせい)のものを寄進したのが始まり

といわれています。

現在のものは、大正時代に奉納されたもので青銅製です。

 

厳島神社 正面

 

◆客神社(まろうどじんじゃ)<<国宝:平安時代>>

御本社と同様に、本殿・幣殿・祓殿からなり、厳島神社の祭典は、

この客神社から始まります。

天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)・活津彦根命(いくつひこねのみこと)

天穂日命(あめのほひのみこと)・天津彦根命(あまつひこねのみこと)

熊野樟日命(くまのくすびのみこと)の5柱の男神が祀られています。

 

摂社の中でも一番大きく、厳島神社の祭事のおりには、一番先に神職が

お参りいたします。天忍穂耳命は、天照大神様の長子で、農業の神様です。

天穂日命は、天照大神様のお子様で、農業の神様です。

 

天津彦根命は、日の神・雨の神・風の神・火難除けの神様として崇敬されて

います。

祓殿(はらいでん)正面の海側の波除板(なみよけいた)が切れているのは、

海上より船で渡ってきて、船を着けるためといわれています。

 

宮島風景?

 

◆朝座屋(あさざや)<<国重要文化財>>

屋根は、東が切妻・西が入母屋造りで、三方に廂(ひさし)の間があり、

寝殿造りの対の屋の特徴が見ることができます。

昔は社家(しゃけ)・供僧(ぐそう)・内侍(ないし)が祭典・会合の折に

集まったところです。

 

朝座屋

 

◆内侍橋(ないしばし)<<国宝>>

厳島神社にお仕えする巫女を内侍(ないし)といいました。

昔はこの橋を内侍が渡って、神錧をお供えしていたので、

内侍橋と名付けられたと言われています。

御本殿拝殿への両側に1基づつあります。

 

内侍橋

 

◆高舞台(たかぶたい)<<国宝:平安時代>>

本社祓殿前にある、黒漆塗りの基壇に朱塗りの高欄をめぐらし

前後に階段をつけた舞台で、平清盛が大阪・四天王寺から

移したという舞楽がここで演じられます。

舞楽の舞台としては最小のもの。

 

四天王寺の石舞台・住吉大社の石舞台と共に日本三舞台と

いわれています。

 

現在の舞台は天文15年(1546年)、棚守佐伯房顕(たなもりさえきふさあき)

によって作られたもので、当初は組立て式だったものが、江戸時代初期に現在

のような作り付け構造になったと考えられています。

 

高舞台

 

◆右楽房・左楽房(うがくぼう・さがくぼう)<<国宝>>

国宝で、舞楽のある時に楽を奏するところです。

舞楽は、平清盛によって四天王寺から約820年前に伝えられました。

左右ありますが、舞楽には二つの流れがあり、インド・唐から伝わった

ものを左の舞といい、左舞(さまい)を舞うときは左楽房で奏します。

満州・朝鮮半島から伝わったものを右の舞といい、右舞(うまい)を舞う

ときは、右楽房で奏します。

 

◆右門客神社(みぎまろうど)・左門客神社(ひだりまろうど)<<国宝>>

火焼前(ひたさき)をはさんで左右にあり、ご祭神は豊石窓神(とよいわまどのかみ)

・櫛石窓神(くしいわまどのかみ)で、この境内をお守りする神様として祀られています。

 

厳島神社 右門客神社 左門客神社

 

◆平舞台(ひらぶたい)<<国宝:平安時代>>

寝殿造りの庭にあたる部分で広さは、167.6坪(約553?)。

安元2年(1176年)、平氏一門が社参して千僧供養が行われた際、社殿の前方

に仮廊を設けたという記録があり、こうした仮廊が常設となったものといわれます。

前方には火焼前(ひたさき)と呼ばれる突き出た箇所があり、管絃祭の出卸・還卸は、

ここから行われます。

 

また他の社殿の束柱は木造ですが、この平舞台を支えるのは、毛利元就によって

寄進されたと伝えられる赤間ヶ石の柱。火焼前分と合わせると239本あります。

平舞台

 

厳島神社だけでも、こんなに魅力が満載でございます!

事前に厳島神社の知識がありましたら、宮島観光もより楽しめますので、

こちらのブログをご参考頂けたら大変嬉しいです。

 

次回または、厳島神社観光の魅力をお届け!パート?で続きをお伝えいたします。

宮島は、寒い日が続きますが、暖かい服装で宮島観光をお楽しみ下さいませ♪

 

ともちんでした?

 

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書いている人

ホテル宮島別荘の若旦那
武内智弘(ともちん)

1981年広島県宮島生まれ宮島育ち。大学を卒業後、神楽門前湯治村で修行を積み、故郷宮島へ戻り、家業である宮島にある大正から続く100年宿『錦水館』の跡継ぎとして同旅館と、錦水館の経営する『ホテル宮島別荘』の代表を務める。宮島の魅力を伝えるため、宮島での思い出づくりをサポートすべく日々奔走中。